ぽた郎さんが先週4日新幹線を利用されていたそうで、さすが出張の鉄人(勝手に私がそう呼んでいる)と感心した。ぽた郎さんは黒い服がお好きなので、出張のブラックベルトと呼んだほうがしっくりくるかな。
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これはそんなぽた郎さんが禁煙車両で受動喫煙に苦しむことがよくある、という話。私もこれについて何か書きたいのだが、まず私が最後に新幹線を利用したのはいつなのか?と思い出そうとしてみる。最後に飛行機に乗ったのが去年夏の宮古島で、最後に海外旅行したのが2001年夏なのは覚えている。最後に長距離バスに乗ったのは2002年の春の水道週間に東京まで出張した時で、最後に寝台列車に乗ったのは1999年に鹿児島から神戸まで帰ってきた時だ。はっきりしないけど、おそらく私が最後に新幹線に乗ったのは学生時代で、どこかに海外旅行に行って、飛行機が成田についてそこから新幹線に乗って帰ってきたようなことがあったような・・・。あ、思い出した。そうではない。もっと後にも新幹線にも乗っているのだ。1999年の春かそれくらいに神戸で一緒に住んでいた彼女の病気のことで神戸から岡山まで病院に行くために新幹線に乗ったんだった。多分辛い時期のことだったので無意識の内に記憶から抑圧されていたのだろう。確かその時は禁煙車に乗ったのだけど、幸いにして受動喫煙に苦しむような位置の席には着かずに済んだ・・・。
 なんだか話がえらい別な方向にそれてしまったので、元に戻す。私は新幹線は滅多に乗らないのだけど、飲食店は結構利用する。禁煙席を選んでも受動喫煙の犠牲となることが多々ある。これでは全く禁煙席の意味がない。これと同じことがJR東海やJR西日本で行われているわけで、煙草を吸わない私としては(正確には4〜5年に1本程度吸うのだが)許し難いことだ。ぽた郎さんは3つの解決策を提示しておられるが、私としては3を選びたい。受動喫煙席が禁煙席より安くなれば、金銭に窮する者は往々にして受動喫煙席を選んでしまうことになり、将来の健康状態が悪化するおそれがあるからである。あるいは、禁煙車両と喫煙車両の間をドアでさえつながっていないような状態に完全隔離するか。
 飲食店に話をもどせば、煙草を吸わない人と知らない店で私的な食事をする時には、店員に「禁煙席はありますか?」とたずね、禁煙席がない店では食事をしないことにしている。また、禁煙席が受動喫煙席となった場合、「禁煙席をお願いしたのですが、ここには煙が来ますね。席を替えていただけますか?」とたずねる。満席でもないのに返答が"No"であった場合はその場で注文を全てキャンセルして帰ることもある。最もそれは極端な場合で大抵は、次回から来ない+煙草の嫌いな家族や友人に「どこどこの何某というお店は受動喫煙を客に強要するから行かないほうがいい」と口頭やメール、掲示板などを通じて静かにお知らせするだけである。もちろん一番私が好きなのは全席完全禁煙のお店であるが。
 ここまで書いて思ったのだが、ここまで書く割には私は煙草を吸う友人と付き合いを止めたりは全くしていないのだ。「煙草を憎んで人を憎まず」なのかと思ったが、よく考えると私はアリゾナの赤い岩山の上でネイティブアメリカンの儀式に参加した際にかなり上機嫌に煙草の香りを楽しんでいたし、煙という観点では煙草どころではないスウェットロッジという煙まみれ、汗まみれなイベントにも参加していたのであった。またお気に入りの店の中にも喫煙者が多く煙草を吹かすようなところもあるが行くのをやめていない。acierで煙草を吸われているサイクリストな方々については、血中に一酸化炭素をたっぷり取り込んだ後に市内をダッシュして肺と心臓に負荷をかけるという非常に高度なトレーニングをされているので他の喫煙者と同列に扱ってはならないし。また、同じ煙草の煙でもストレスがたまった状態の人が吸う煙草の煙は、そうでない人が吸う煙草の煙よりもはるかに有害であるとも私は思うのだがどうだろうか。
 それはともかく、JRは民営化したとは言っても極度に公的な存在だ。公衆の健康状態を常に優先する必要がある。長年にわたって禁煙車に乗っていたから肺がんにかかったと言うような人が出てからでは遅いのである。